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伽藍とバザール

(The Cathedral and the Bazaar)

by Eric S. Raymond

Translated by 山形浩生訳

原文の最新版はhttp://sa gan.earthspace.net/~esr/writings/cathedral-bazaar/にて各種フォーマットで 入手可能。
翻訳のPostscript版は http://www.ltokyo.com/yamagata/cathedral.ps にある。

$Date: 1998/03/13 22:48:58 $, 1998/03/25訳了


この論文ではまず、大成功したフリーソフト/オープンソース プロジェクトfetchmailを分析する。このソフトは、Linuxの歴史から 導かれる、ソフト工学についての意外な理論を試すという意図で 実施されたプロジェクトである。本論ではその理論を、二種類の 根本的にちがった開発スタイル という形で論じている。一つはFSFやそのまねっ子たちの「伽藍」 モデルで、それに対するのがLinux界の「バザール」モデルだ。 この2つのモデルが、ソフトのデバッグ作業の性質に関する、 正反対の前提からそれぞれ生じていることを示す。続いて Linux体験に基づき、「目玉の数さえ十分あれば、 どんなバグも深刻ではない」という仮説を支持する議論を展開し、 利己的エージェントによる自己修正システムとの有益な対比をしてみる。 そしてこの洞察がソフトウェアの未来に対して持つ意味について、 いくつか考察を行って結論としている。


1。 伽藍方式とバザール方式

2。 なにはともあれメールは通せ

3。 ユーザは大事な財

4。 はやめのリリース、しょっちゅうリリース

5。 バラがバラでないのは?

6。 PopclientからFetchmailへ

7。 Fetchmailの成長

8。 続・Fetchmailの教訓

9。 バザール方式の前提条件とは

10。 フリーソフトの社会的な意義

11。 謝辞

12。 もっと考えたい人のための文献リスト

13。 エピローグ:Netscapeもバザール方式を受け入れる

14。 バージョンと変更履歴


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